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2011年9月24日 (土)

江戸城36見附を歩く⑦の1

7_2
             

 

台風が過ぎた後涼しくなり、江戸城見附散歩を再開しました。

今回は7回目でいよいよ内堀に入ります。

今日の出発は竹橋門からです。

まず、お堀沿いに清水門を目指したのです。ここは後でゆっくり見ようと、進んだら乾門に出ました。

 

Photo

 

36見附の中にない門だと思ったら、ここは明治になって作られて門だそうです。

ネットを見たら、この門から天皇陛下たちの車列が出ている映像がありました。

 

ここで乾門交番のお巡りさんに出会い尋ねたら、

「この地図じゃわかりにくいでしょう、もっと見やすい地図をあげますよ」

と「国民公園 皇居外苑」という地図をくださり、清水門への道を丁寧に教えてくださいました。

清水門と思ったのは、北桔橋門(きたはねばしもん)だったのです。

 

R0033242

 

清水門です。

Photo_3

正面の小さい門が高麗門、右手に見える大きな門が櫓門。

高麗門から攻め込んでもつきあたりは城壁、左は堀。櫓門からは攻撃できるような

構造になっています。

見附の門は枡形門と書かれていたのがやっと実感できました。

 

清水門の櫓門をくぐって中に入ると、

Photo_6

右手の石段は当時そのままだそうです。

少しですがあんがいほねが折れますよ。

この櫓門の屋根の右の方にはこんな美しい文様で装飾されていてビックリしました。

Photo_7

 

次は蕃所調所跡を訪ねました。

Photo_10

九段下の交番の裏手にあります。

ここでもお巡りさんに訪ねました。若いお巡りさんが親切に教えてくれました。

鎖国を続けていた日本が開国するにあたり、通訳や翻訳者の養成も必要になって作られたそうで、

東大の元になっているのだそうです。

立て札は字が消えかかっていました。

 

途中に九段会館があります。

ここは3.11の大地震で亡くなられた方も出て、閉鎖されたままのようです。

Photo_9

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コメント

東京はよく知りませんが聞いたことのある門や地名の位置関係が
この地図でなるほど・・・です
平和な時代だったと言われる江戸時代でも敵からの攻撃を意識して
多くの門を構えていたのですね
そしてそれらから江戸城の広さがしのばれます

footビオラさん、こんばんは~
江戸城は広いし、大きいし、備えもすごいし。
目をみはるばかりです。
でもこれらはすべて各大名家に普請をさせているのですよね。

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