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2009年12月24日 (木)

手まり唄~1列談判・・・

昨夜、「坂の上の雲」をビデオで見ていました。

日清戦争で東郷平八郎が英国の旗を掲げて清の兵が乗っている船を攻撃する場面がありました。

「東郷平八郎」
から手まり唄を思い出しました。

   「いちれつらんぱん破裂して
        日露戦争が始まった
    さっさと逃げるはロシアの兵、
        死んでも尽くすは日本の兵
    5万の兵を・・・・・6人残して皆殺し
         ・
         ・
         ・
           東郷元帥万々歳」

もう忘れてうろ覚えです。どんな歌詞だったか気になります。
ネットで調べたら、結構ヒットしました。

ウィキペディアからお借りしました。

   「列談判破裂して、露戦争始まった
    っさと逃げるはロシヤの兵、んでも尽すは日本の兵
    万の兵を引き連れて、人残して皆殺し
    月十日の戦いに、哈爾浜(るぴん)までも攻め破り
    ロパトキンの首を取り、郷元帥万々歳」

数え唄になっていたのですね。
意味もよくわからず、こんな手まり唄で遊んでいたのです。
どなたが作ったのでしょう。
1950年ごろまで歌われていったとありましたから、歌った最後の子供と言うことになりますね。

     「あんたがたどこサ 肥後サ
          肥後どこサ 熊本サ
      熊本どこサ せんばサ
          せんば山には
      たぬきがおってサ
          それを猟師が 鉄砲で撃ってサ
      煮てサ 焼いてサ 食ってサ
          それを木の葉で
              チョットかくし~」

有名な「あんたがたどこさ」ですが,,
これも案外怖いですね。煮て食うんですから。

Photo

  

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

1945年生まれですが、この歌を知りませんでした。「あんたがたどこさ」では遊んでいましたよ。今の子供たちはどうかな、別の歌になっているかもしれませんね。

メリークリスマス、
いちれつらんぱん破裂して・・・この歌、1950年ころ
まで、歌われていた、と、ありますから、私が
生まれた年と言う事に成ります。何処で覚えたのか
所々、知っています。

下の「あんたがたどこさ・・・」この歌は、よく
歌いながら遊んでいました。そうですね、よく聞くと
きつい歌詞ですよね。

今、孫達が、遊びながら歌っている歌、今度、良~く
耳を澄まして聞いてみましょう・・・。

「坂の上の雲」
宇城市の三角西港や熊本城内の細川刑部邸、熊大などで
ロケが行われましたよ。
東郷元帥万々歳の歌
歌った覚えはないのですが聞いた覚えは
かすかにありますよ。

肥後手毬歌は今でも歌いますよ。

今晩は!
お邪魔します。

手まり唄2つとも知っています。
と言っても所々です。
まず1つ目
1列談判破裂して・・意味は分からず歌っていました(手まりをつきながら・・)
・・死んでも尽くすは日本の兵・・までは歌えましたが後は知りませんでした。
でもクロバタキンの首を取り東郷元帥万々歳は歌っていましたね。
多分親祖母等に教えて貰ったのでしょうね
2つ目 「あんたがたどこさ」良く歌いました。
意味も気にせず考えず!
↓エレメンツでの文字、マスク文字まだ使った事はありません。
普通の文字は作り画像に貼っています。
12月の勉強はエレメンツでした。
写真の修整で、明るさとか色を変えると又一味違う写真が出来あります(自動補正ではありません)
何時か補正前後の写真を載せたいと思います。
何を使ったかも説明したいと思います。
実はそれが冬休み中の宿題なんです。
初めてで少し緊張しました。
思うようにコメ出来ません。
今日は此処までとします。

手まり唄も、童話も結構中身は怖い意味がありますよね。
グリム童話のヘンゼルとグレーテルも魔女を暖炉に押しやりますが
考えると怖いお話です。

一つ目の歌は知りませんが、肥後の手まり唄は歌ってました。

熊本は雨の一日になりそうです。

最初の数え歌は知りませんでした。でもこの唄から
「出師営の会見」の唄を思い出しました。
縄跳びをしながら唄っていたのですが大人になって
正確な歌詞をみたら自分たちが唄っていた歌詞が
めちゃくちゃだったのが判ったのです。
意味も分からず口伝えで覚えていたのですね。

肥後手まり唄は流石にちゃんと知っていました。
洗馬橋の電停に親子の狸像があって何時も和ませて
くれます。
近くには「海老通り」もあって2番の歌詞に出てくる
海老のモニュメントもあります。

mokaさんのおかげで懐かしい気持ちになりました。

あんたがたどこさ♪ ♪ はよく知っています。

東郷元帥の歌は?・知らないといえば嘘だし??
知ってるといえば嘘みたいだし??

頭の中に確かに記憶はありますね??

内容は怖いけど??

私もメロディーは覚えてます。
こんな歌詞だったんですね。
坂の上の雲はリアルに出来ててなかなか迫力ですね。
「あんたがたどこさ」は今の子供達も学校で歌ってるらしですよ。
学童の子供達と手毬遊びするとき、歌詞が残酷だけど大丈夫かな?
と言いながら一緒に歌って遊んでました。

 kazuyoo60さん
ひとつ違いですから、地域柄で違うのでしょうね。そういえば今はまりつきしている子は見かけませんね。

 ババピーさん
昔の話をするとだんだん年がわかりますが、懐かしいです。ババピーさんは私より若いけれどご存知なのね、地方によって長く歌われたところもあるのでしょう。言葉はきついけれどいきもの本来のことかもしれません、いきものは何かを食べて生きていくんですものね。

 すずさん
今年四国旅行をした時、熊本在住の同級生が熊本のあちこちでロケされたことを教えてくれました。知っているところでロケされたと思うと親近感がわきますね。熊大法文学部の旧五高の建物はわかりました。

 ヤマトさんいらっしゃい。
昔歌っていたものは結構覚えているものですね。
z氏の下をくぐらせたり、飛んでくぐらせたり、いろんな技をやるのが楽しかったですね。
エレメンツは結構いろんなことができますね。色々と発表しあいましょう。楽しくなると思います。

 flower314さん
童話も結構怖い話が多いですね。いきものが生きていくのは本当は怖いことなんでしょうね。必死ですものね。

 くりままさん
この手まり唄、肥後手まり唄は熊本市内のお話なんですね。薩長連合が肥後に攻めてきた時の話から出たとか。
こんど洗馬橋の電停に親子の狸像など紹介してください。

 とん子さん
知らぬが仏とはよく言ったもので、意味がわかっていたら歌っていないかもしれませんね。

 のこのこさん
坂の上の雲は面白いですね。みんなかっこいいし。秋山兄弟の写真を見てもかっこいいですね。
今の子もまりつきはやっていますか。町では見かけないのでもうすたれているかと思いました。

こんにちは、「一列談判破裂して」は知りません
でしたが、これを手鞠歌で歌ったのですね。
1、2、3、・・・と続き、調子はいいですね。
「あんたがたどこさ」は、歌って、ボールを手鞠
代わりについて遊んでいました。
うちの子も「あんたがたどこさ」では、遊んで
いました。
「あんたがたどこさ」も最後の方の歌の内容は少々
怖いものですね。
mokaさんが言われているように、生き物が生きて
いくことは、本来怖いことなのかもしれません。
生きていくのに必死だということは、分かります。
でも、人間だから、ほっとするような、癒される
ような、情緒的部分は残って、あっていて欲しい
気がします。

1947年生まれの男性です。1950年代の東京都葛飾区ではこんな続きがありました。名所づくしですね。市川国府台のようにローカルな場所(江戸川をはさんで柴又の対岸)や楠正成のような人名も入っていますけれど。楠正成が含まれているのをみると,戦前からあったのかもしれません。

11市川国府台/12は日光東照宮/13三十三間堂/14は四国の金比羅山/15はゴーゴー汽車の窓/16:(不明=忘却)/17七士の墓参り(=四十七士のこと?)/18浜辺の白兎(大国命のエピソードでしょう)/19は楠正成よ/20(不明=忘却)

浜辺の月さん
コメントをいただいていたのにごめんなさい。
やはり「あんんたがたどこさ」がどこでもうたわれていますね。

 御免堂欠桝さん
続きを教えていただきありがとうございます。数字が続くように語呂合わせでいろんなことが含まれているのですね。

<20>を思い出したので加えます。
20は二宮金次郎…
でした。
その後に二宮金次郎を称える台詞がありましたが,忘却の彼方です。

手毬だけではなく,女の子はお手玉にも流用していた記憶があります。

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